<宇垣美里のときめくシネマ> 願いを、日常を、未来を奪っていく戦争の悲劇を描く2本のアニメ
#芸能 #文化人・その他 #コラム 2024.8.5

8月、夏。今年もまた終戦の日がやってくる。終戦から79年目となり、戦争を経験した世代はもちろんのこと、戦争の中に生きた人から直接その経験を聞いたことがある人すら、どんどんと少なくなっている。私も、直接聞いたのは亡き祖父からだけ。終戦時まだ小学生だった祖父は、家族でたった一人の男子として、体の弱い母や弟妹のためリヤカーを引き、死に物狂いで生きたという。「あの頃のことを思い出すと、本気になればどこででも生きていけるんだなあって思うんだよ。だからね、美里も生きてさえいれば、どこででも生きていけるからね。」あまり多くを語ることは好まなかった祖父の、穏やかに零したその言葉のインパクトは強烈で、未だにふとした時に思い出す。私は、生きてさえいればどこででも生きていける。でも、できることなら愛着もある、生まれ育ったこの土地で生きていきたいよ。 戦争はそんな当たり前にあるはずの願いを、日常を、未来を奪っていくもの、なのだと思う。そして犠牲になるのはいつも市井に生きる名もなき人々だ。そして、それは気づかぬうちに忍び寄ってくる。